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ツクールVX製のフリー短編連載RPGを公開しています。 現在Ⅱ章まで公開中。

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こんにちは、Alhenaです。
漸く梅雨入りも近くなってきたようで、この暑さも少しは和らぐといいなぁと思う今日この頃。

今日は先ず一昨日のエントリーの補足から。

大事なお知らせとして、"Ⅰ章のセーブデータを保存しても、Ⅱ章に適用されない"ということを告知しましたが、この不具合は現在Vectorに上がっているverでは治っていませんのでご注意下さい。
皆さまの貴重な時間を無駄になさらないようにお願いします。

二章は一章からの引き継ぎ無しでもプレイ出来るようにするつもりなのでご安心を。

また、二章公開と同時に一章の改良版を公開する予定で居ます。
不具合の除去以外にも幾らか調整するつもりなので、一章からの引き継ぎデータを作られる場合には、こちらをプレイして下されば幸いです。



さて今日の本題ですが、先日MLBで完全試合が誤審でふいになった件に関連して一言述べようかと思います。

少々補足が長くなってしまったので直截に結論から言いますと、"あの場面"で誤審が起こったことを非難するのはおかしいのではないか、ということです。

審判を非難する意見には、投手にとっては一生に一度の大事なのに、だとかあんな重要な場面で間違えるなんてもっての外だ、なんて意見が目立ちます。
ですが、私はそこを主眼に持ってくることに疑問を感じています。

セイバーメトリクス論者の中には、安打が出た時に偶々走者が居る確率を表す再現性の低い指標だとして、得点圏打率を無視する人が居ます。

私はこの考え方に完全に賛同するわけではありませんが、審判の悪意のない誤審にはこのような見方が出来ると思っています。

つまり、誤審が起こる確率はどんな時だろうと同じで、10点差の9回でも完全試合中の9回でも、誤審は等価値のものとして扱われるべきだと思うのです。

普段誤審を見ても大して意見しない人が(勿論内心では散々なことを思っているかもしれませんが)、少し特別な場合に起こったものに対してだけ声高になるのは間違っているように思えます。

尤もこんなことを思えるのも、Jim Joyce氏が素直に誤審を認められたからなのかもしれませんが。
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